ファイナルテーブルのディール — chipEV と $EV
ファイナルテーブルで「ディールしようか」と声がかかったとき、君が即答できるかどうか。そこで君のICM理解の深さが裸になる。
ディール(deal / chop)とは、残りプレイヤーで合意のうえ賞金を分配し、勝負を止める、あるいは賞金のリスク部分を圧縮する交渉だ。これはギャンブルの妥協ではない。chipEV と $EV の乖離を、テーブルの上で清算する行為 だ。乖離を数で読める者だけが、得をするディールを呑み、損をするディールを蹴れる。
chipEV と $EV は終盤で必ずズレる
まず二つの尺度を定義する。
chipEV(チップ期待値):自分のチップシェアそのまま。線形。
20%のチップを持てば「賞金プールの20%相当のチップ」を持つ。
$EV(賞金期待値) :ICMで賞金に翻訳した期待金額。非線形。
スタックが大きいほど1チップの$価値は逓減する。5人残りの場面で見る。
スタック:A=40,000 / B=30,000 / C=15,000 / D=10,000 / E=5,000(合計100,000)
賞金:1位 $5,000 / 2位 $3,000 / 3位 $2,000 / 4位 $1,200 / 5位 $800(プール$12,000)
chipシェア → ICMによる$EV
A(40k) 40.0% $3,490(チップ比率より「下」)
B(30k) 30.0% $3,030
C(15k) 15.0% $2,090
D(10k) 10.0% $1,640
E(5k) 5.0% $1,000(チップ比率より「上」!)注目しろ。ショートのEは、チップでは5%しか持っていないのに、$EVでは全プール$12,000の8.3%($1,000)に相当する。一方チップリーダーのAは、40%のチップを持っても$EVは29%相当($3,490)しかない。これがICMの非線形性の正体だ。
チップチョップ vs ICMチョップ——どちらで割るか
ディールには主に二つの方式がある。どちらを採るかで、誰が得して誰が損するかが正反対になる。
【チップチョップ】チップ比率で賞金を山分け
Aは40%、Eは5%で分配 → チップリーダー有利
【ICMチョップ】各自の$EVに比例して分配
Aは$3,490、Eは$1,000 で分配 → ショート有利(チップ比より多くもらえる)方式比較(上の例で「残り全賞金$12,000」を分配):
チップチョップ ICMチョップ 差額
A(40k) $4,800 $3,490 -$1,310(リーダーはICMだと損)
E(5k) $600 $1,000 +$400(ショートはICMだと得)ディールを『呑む/蹴る』の判断軸
提示額が来たとき、君が見るべきはただ一点——提示額が自分のICM $EVを上回るか。
判断式:
提示額 ≧ 自分のICM$EV + スキルプレミアム → 蹴る(自分でプレイした方が得)
提示額 < 自分のICM$EV → 呑む(分散を消せて得)
スキルプレミアム=自分が卓内で何BB分うまいか(強者ほど大きい)
分散プレミアム =飛ぶ恐怖を消す価値(資金が薄い/生活がかかるほど大きい)つまり、自分のICM$EVを基準線に、「腕が立つ・資金に余裕がある」なら強気に蹴り、「腕は互角・分散を消したい」なら呑む。
交渉の現場で効く小技
ディール交渉は数字戦であると同時に心理戦だ。
| 状況 | 取るべき姿勢 |
|---|---|
| 自分がチップリーダー | ICMチョップ以上を主張。「チップ比なら俺はもっともらえる」と匂わせ上限を引く |
| 自分がショート | ICMチョップを主張。チップチョップは絶対に呑まない |
| 自分が明確な格上 | 分散を理由に蹴り、プレイ続行(スキルプレミアムを取りにいく) |
| 自分が格下/疲労 | 呑む。$EV近辺なら即決でよい。長引かせる利は薄い |
注意すべきは、ディールはトーナメント運営の承認が要る点と、合意は全員一致が原則という点だ。一人が蹴れば不成立。だからこそ「全員が少しずつ得した気になる」着地点——多くの場合ICMチョップに近い線——が現実解になる。
ディールは『ICMを現金化する技術』
最後に視座を上げる。ディールとは、終盤に積み上がった$EVを、不確実なプレイを経ずに現金へ変える技術だ。
プレイ続行 :$EVは同じだが分散が巨大(飛べばゼロ、勝てば満額)
ディール :$EVをほぼ保ったまま分散を圧縮(≒ICM$EVで確定)君のICM$EVが正確に読めるなら、ディールは「損得ゼロで分散だけ消す」極めて合理的な選択肢になる。読めないなら、君はテーブルでカモにされる。chipEVと$EVの乖離を電卓なしで概算できること——それがFTディールで搾取される側から搾取する側へ回る、たった一つの条件だ。
このレッスンの要点
- chipEV(線形)と$EV(非線形)は終盤で必ずズレる。ショートは$EVで過小評価が解け、リーダーは過大評価が剥がれる
- チップチョップは大スタック有利、ICMチョップが正しい基準。リーダーは前者を蹴れ
- 呑む/蹴るの軸は「提示額 vs 自分のICM$EV+スキル/分散プレミアム」
- 全額分配せず一部を卓に残す「ICM残しディール」が最も合理的なことが多い
- ディールは$EVを保って分散だけ消す技術。乖離を概算できる者だけが得をする